出会いの不思議

まじめな出会い、と言う言葉には違和感を覚える。対極として不真面目な出会いが想定される表現だからである。
こういう表現がいつ頃から臆面も無く社会に登場するようになったのか。
人と出会うことに真面目と不真面目が有ること自体が奇怪だ。
何故なら出会いとは偶然に相手と遭遇することだからだ。事前に予想している遭遇は出会いではない。
交差点で出会い頭に衝突することを事前に予想していたのなら、事故は犯罪だ。まじめな出会いとは、出会いサイトの営業文句に過ぎない。駅前通りの交差点等で配っているティッシュに広告として載っていたりする。
だから一般人がまじめな出会いを日常意識するようになれば、日本中が性産業に従事するようなものだ。
それとも孤独な若者が、携帯でまじめな出会いを募集することが実際に可能な世の中になったのだろうか。そういう誘いに応募して来る人が誠実だとは保証出来ないように思うが。私の年代なら、安心確実な有料老人ホームとのまじめな出会いを考えたいものだ。